東京高等裁判所 昭和33年(く)25号 決定 1958年6月09日
少年 G(昭和一三・一一・二三生)
主文
原決定を取り消す。
本件を東京家庭裁判所に差し戻す。
理由
本件抗告の理由は、弁護人H名義の昭和三十三年三月十七日附の抗告状及び同年五月七日附の抗告事由の追加書に記載してあるとおりであるから、ここにこれを引用する。
よつて按ずるに、本件記録によれば、少年は、附近の不良少年と交わつて素行治まらず、昭和三十一年以来六回に亘つて暴行、傷害等の非行をなし、警察署に検挙され、家庭裁判所に送致されたが、いずれも不開始、不処分の決定がなされたこと。その都度保護者は、将来における少年の保護監督に意を用うることを計り又少年も反省を誓つたが保護者の意図はその効なく、少年も亦依然その素行が治まらず、結局再び本件非行を敢えてなすに至つたことの認められることは原決定の指摘するとおりである。
しかしながら右記録を精査し、かつ当審において少年の父K、母L、祖母M及び少年本人を尋問した結果を総合すると、少年は鋼材商を営むKの一人子として生まれ、裕福な家庭に育つたが、次第に我儘となり、中学校に入学してからは不良少年と交遊するに従い不良性に感化されて態度も粗暴となり、元来成績良好で向学の精神もあつたものが次第に成績も落ちるに至つたこと。その間少年は父母の意見特に母の意見忠告を無視し、とかく放縦に流れるに至つたこと。少年の家庭は平和、円満であるが、祖母が殊の外少年を盲目的に愛し、精神的、物質的に少年を甘やかしたため、父母の少年に対する育児、保護、監督につき実行性、一貫性が妨げられ、益々少年をして父母軽視の態度をとらしめるに至つたこと。原決定後祖母はその盲目的愛育の誤つていることを悟り、将来少年の保護監督乃至教育等は専ら父母に一任するに至り、父母も今回こそ少年の保護監督につき真剣に考慮し、その短所を改ためる為め懸命の努力を尽すと共にその長所を延ばす為めあらゆる方法を講ずることを表明していること。少年は少年院に入院以来過去の行状を深く反省し、家庭における自己の立場をも考えて飜然悔悟して、将来その身を治めて不良との交友を遮断し再び非行を繰り返えさないことば勿論修学中の大学に復帰して勉学する旨を誓つていることが認められるから、原決定の摘示するように、少年の非行性を矯正するため施設に収容するのも一の方法ではあろうが、前示の如く、少年の家庭の状況、父母、祖母の心を新たにしての保護監督についての努力、少年の悔悟、覚悟の状況等を考量すると、少年を少年院に収容して矯正教育を加えるより、保護観察に付した上家庭において父母の真実な慈愛により監督せしめ、躾、訓育をなさしめるほうが少年のためこの際最も適切な処置であると認められるので、結局本件抗告は理由があることとなる。よつて少年法第三十三条第二項により、主文のとおり決定する。
(裁判長判事 三宅富士郎 判事 河原徳治判事 下関忠義)
別紙一(附添人弁護士の抗告の趣旨および事由)
抗告の趣旨
一、右Gに対し少年院送致の決定は不当なるを以て之を取消すとの御決定を求める
抗告の事由
一、右Gは○○家の一人息子に生れ実父母は共にそれぞれ業務にたづさわり多忙の為め祖母の盲目なる愛情のみに依つて成育せられ所謂ボッチャン育ちとゆうか兎に角何不自由なく成身せし関係なるか常に小心者なるに不拘幾分短気の処が同人の欠点なりとは本人も亦反省し居り決して悪質不良人と即断するは余りにも心無きわさと愚考せさるを得す然れ共他人に危害を加え暴行を敢て為すか如きは断して許し難き行為と謂はさるべからず而し現在に於ける本人の心境より観察するときは改悛の情誠に顕著なるものありと確信するがたからす
二、更に被害者の三名に対しては、本人(父親は病気)の実母より謝罪したる所非常なる好意を寄せられ、而かも本人在学中将来前途あることを考慮されしが少しも恨む様子なく、まことに心よく別紙の通り歎願書を認め交付せられたのでありますので特と御留意を乞ふ次第である
三、然る所右Gに対し、御庁に於て少年院送致の決定に依つて入院以来の両親に至りては全く掌中の玉を失いたる如く力を落し嘆き悲しみ日夜涙にかきくれ居らるる事実は全く、はたの見る目もいたわしくさえ思惟せらるる所なりとす両親の身として他に子供とてなく此の間まで毎日の如く自宅より○大に通学せし一人子が、今は少年院に於て何して居らるるや、さぞ本人志望の通学も出来ず不良ばかり収容されおる院内に於て感化せらるるとも実父母の愛情により感化するにしかさるものと信す殊に少年院にて悪道に感化せらるる事あれは本人の一生は最早や取り返しの付かざる結果を生すべく故に此の際両親の暖かい手許に於て愛情により更生を誓うか又は適当な人物である教育者○○大学×料○○先生に依頼し現に交渉中であり斯る所に本人を預け保護監察を厳に実行せらるる於ては今後再び如斯き事態を惹起せしむるか如なく何卒微衷御諒察の上寛大なる処置を賜り度懇願致す次第であります
右之通り抗告する(昭和三三年三月一七日 右弁護人 H)
別紙二(附添人弁護士の追加抗告事由)
事実及追加抗告事由
一、事実誤認ありとす
右少年に対する原審の記録を精査したる所によれば犯行後目から深く反省今後は全く真面目に勉強に専心勉学を続け更生すべき決意を披歴し又両親に於かれても今後少年を補導することを誓いおる事実が認めらるるにかかわらず此の点について原決定は妥当を欠き事実誤認ありと謂わさるを得ない故に破棄を免れざるものと信す
二、更に少年の両親に於て直接補導か不充分であり当低不可能なりとするも右少年を中等少年院に送致するより両親は相当の教養もあり殊に実父Kは高等教育を修め、現に株式会社○○商会の重役の地位にあり家庭に於ても経済的には頗る恵まれおらるる己みならずその親友である○○区×××町△△番地○○区議会議員の現職にあるN氏が自ら進んで右少年の保護育成にあたり度き旨申出でられ而かも身柄を手許に引き取り両親に代り直接補導の任にあたるべきよう配慮せられおり誠に信頼にたる人物なりと謂うべく如斯き人に少年の補導を委嘱方法かむしろ右少年を中等少年院に送致するよりも保護観察所の保護観察に附し曩きに身柄引受けを申出てたるP氏及右Nの両名の中其の何れえか直接右少年を育成補導せしめるこそ真に妥当なりと信す
右之通り追加抗告状を提出する(昭和三三年五月七日 右弁護人 H)
別紙三(原審の保護処分決定)
主文および理由
主文
少年を中等少年院に送致する。
理由
少年は、
第一、昭和三三年一月一二日午後一一時頃飲酒のうえ台東区竹町二四番地喫茶店「あすなろ」の店舗内に大声で「今晩は」と怒鳴りながら入つたので、偶々同店に来店中の大西里己(二四歳)が少年の方を振向いたところ「手前にあいさつしたんじやねえ」といいさま手拳を以て右大西の顔面を数回殴打し、更に仲裁に入つた右大西と同行していたS(一八歳)の顔面を手拳を以て数回殴打して右大西、Sの両名に暴行を加え、
第二、同月一六日午後七時三〇分頃台東区竹町一三四番地貸本屋ミネ書房こと峯岸留吉方店舗において少年が借り受けようとした雑誌を既に借り受けたうえ同所において読書中の工員R(二〇歳)に対し、「お前その本を借りて帰へるのか、それとも此処で読んでしまうのか此処で読むならさつさと読んで帰れ」等と申し向け、之に対する右Rの応待が生意気であると称して手拳を以て同人の顔面を数回殴打して暴行を加えたものである。
少年の前記第一の大西、Sに対する所為は夫々刑法第二〇八条に該当する。
少年は、中学校在学中から住居附近居住の不良少年との交友等から粗暴となり、高等学校入学後は校内における暴力行為、恐喝、暴行傷害等の非行により警察において取調を受けたこと等によつて再度に亘つて転校の己むなきに至つたものであるが、大学入学後も依然として住居附近居住の「破れ笠一家」と称する不良の徒輩の群に属するものとの交友を続け非行を繰返へし本件各非行を犯すに至つたものである。少年の非行歴は前記のとおり既に長期間に亘つており、その非行は本件前既に六回に亘つて東京家庭裁判所に送致されている。而して右各前件については何れも不開始又は不処分の決定がなされ、未だ保護処分がなされたことはないのであるが、当裁判所は昭和三二年一一月二七日昭和三二年少第一四五七〇、一五〇八四号事件の審判の際少年及び保護者に対してその非行経歴に鑑み特に少年の反省自覚と保護者の適切な保護監督を求めたうえ不処分としたものである。然るに短時日の裡に又々本件各非行を犯すに至つたこと及び本件各非行の直後において何れも外見上は一応陳謝の意を表する形式をとりながら真実自己の非行について反省改悛の情がないものと認められること並に少年はその家庭の経済力、少年自身の学歴体力等から誤つた優越感を有しているものと推認されること等を綜合すると、その非行性は相当深化しているものと認められる。他方少年の保護者も、少年の長期、多数に亘る非行によつて少年に対する保護監督について特段の意を用ふべきことを十分認識しうる能力を有するものと認められるに拘らず本件各非行に至るまで自ら適切な保護監督をなすため相当の意を用いたことを認め得ないこと等を綜合すると、少年は現在大学一年に在学中で学業途上にあるものであるが、此の際施設に収容してその不良交友を完全に遮断すると共に、規律ある日常生活と適切な矯正教育によつてその非行性を矯正する必要があるものと認められるので、少年法第二四条第一項第三号少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条第三項によつて主文のとおり決定する。
(裁判官 寺井忠)